レトロという資産 秩父鉄道からの考察

秩父鉄道は、SLが走る私鉄として大変人気がある。C58という蒸気機関車が走る日本で唯一の路線である。逆に言えば、C58に乗りたければ、日本のどこに住んでいる人でも秩父鉄道に来なければ乗れないのである。蒸気機関車には、レトロという価値がある。この価値は最近、電車にも移行しつつある。例えば、秩父鉄道の1000系という電車は、旧国鉄の101系を購入したものである。101系とは、山手線とか中央線、京浜東北線などで走っていた電車である。昭和の早い生まれの方には「国電」と言ったほうが通りが良いかもしれない。鉄道マニアの中には、この1000系に乗りたくて秩父鉄道を訪れる人もあるという。なぜなら、JRでは既に101系は廃車となり、秩父鉄道に行かなければ乗れないからだ。しかも、旧国鉄時代の色にあえて塗装しなおして運行しており、秩父鉄道は「懐かしさ」「ここでしか乗れない価値」を創り出している。
平成も20年を超えるにしたがって、昭和の価値が増してきている。よく、「開運！何でも鑑定団」では、古いおもちゃなどを鑑定し、信じられないような値段をつけている。その時、鑑定士が言う言葉は「日本全国捜しても、これはもう無いものです」という言葉である。昭和３０年代の古いおもちゃにそのような価値が見出されるのであるから、古い電車に同様の価値があると考えない理由はない。「動体保存」を意識して古い電車を走らせる秩父鉄道は、その点を十分理解している。逆に、秩父鉄道がこうした動きに出ているのは、SLを運行し古いものの価値について、他社以上に意識できる背景があるからかもしれない。
秩父鉄道では、100形という昭和20年代の木造電車を静態保存している。これは、三峰口駅の鉄道車両公園にあるのだが、過去の内部公開時に車内が相当荒らされてしまった。残念なことではあるが、仮に内部を復元し、イベント列車としてでも再び走ることになれば、相当の話題となるであろう。
レトロの価値は、経過した年月がお金では買い戻せないことにある。例えば、若い時代にそうした電車で通勤をしていた方々にとって、木造電車の内部の油っぽい臭いや、地の底から這い出るような唸りのようなモーター音は、懐かしさ以上の価値を感ずるものとなるに違いない。そんな電車に乗り、若かった過去を語り自分の人生を振り返ることは、かけがえの無いものとなるであろう。また、逆に若い世代の人にとっては、古いものを新しく捕らえることで新たな感覚を持つようになるかもしれない。そうした意味では、秩父鉄道最後の自己製造車両である500系が保存されていないことは悔やまれる限りである。
レトロには経済効果があると考えている。なぜなら、今の日本でお金を持っているのは60代以上の人だからである。そういう観点からすれば、懐かしさを感じられる場所や物をリアルに保存できている秩父市内はそれだけで十分な価値がある。既に取り壊された、あるいは戦争による被災から日本ではほとんど見られなくなった建物や風景が、秩父の街の中で現存しているのである。これらは、秩父市に遺されたかけがえのない資産ともいえる。
しかしこうした感覚は秩父市の中に住んでいると持てなくなってしまい、価値感覚が薄らいでしまう。しかし、秩父市内をレトロストリートとしてアピールし、古い建物を観光可能なレベルに集積させ、観て歩けるようなにするだけで価値は創造されるように思われる。現状では、これらの整備が十分ではないため、観光客に色々な建物に「歩いて行ってもらう」「どこいくべえ」のようなシステムとなっているが、「集積・移築」させ「観光客に無駄に歩かせない」仕組みで「気軽さ」と「価値」を演出するほうが、ターゲットが６０代の方ということからしても、うまく行くのだろう。これらのためには、当然お金もかかるが、そこまでやったとしても日帰りで東京から行けるレトロスポットとして、売り出せる可能性を秘めた街並みであることは間違いない。建物だけを変えても、「ソフト」がついて行かないと効果は半減する。集積された地区の商店街は、レトロを意識した服装やもてなしであたかも昭和３０年代にトリップしたかのような感覚を再現できれば、話題性は十分だろう。たとえば、ベーゴマ大会や、ビー玉大会などを秩父神社の境内で開催しても面白い。
「開運！何でも鑑定団」では、古いおもちゃを持ってきた人が「捨てられていたのを見つけてもってきました」などといって、高値を提示されるようなこともよくある。古い建物は壊してしまえばそれまでである。古い建物が秩父から「捨てられる」前に、行政のリーダーシップの下、今以上に価値を見出す努力を続けていく必要があるのではないだろうか。